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2009年6月

番外編: 急性リンパ性白血病(4) 染色体異常

話は前後するが、最初の骨髄穿刺から3週間ほど経った昨年12月20日頃、染色体・遺伝子検査の結果が出た。小児ALLの予後不良因子であるフィラデルフィア染色体(BCR-ABLキメラ遺伝子)とMLL遺伝子再構成を調べるのが最大の目的ということで、その結果いかんでは超高リスク群になるため、医師から話を聞くときは緊張した。結論から言えばそれらは陰性だったが、様々な転座や欠失を含む「複雑核型」で、ALLの予後に関しては「ニュートラル」という判定。ただし、染色体数が1本少ない45本で、それもAMLやMDSで予後不良とされるモノソミー7(7番染色体が一つしかない)だったのが気がかりである。主治医いわく「モノソミー7を心配されると思いますが、ALLとの関連に対してはっきりしたことが分かっていないので、現在の標準リスクでの治療を続けます」ということで、まあ気にかけても仕方ないと自分達を納得させる。

具体的には、染色体・遺伝子検査は次の3つの方法で行われた。

  • BCR-ABLキメラ遺伝子をターゲットにしたFISH法: 陰性
  • MLL遺伝子をターゲットにしたPCR法: 陰性
  • 一般的な染色体検査であるGバンド法: 分析した17の細胞のうち4つに、モノソミー7を含む複雑核型が見られた

白血病の様々な病型と遺伝子異常の関与、そもそもの病気のメカニズムなど、素人にはなかなか理解が難しい。「白血病の原因、発症機序、再発の予測など医学者の間でも分からないことだらけ」という医師の言説のレベル感からして、我々には雲をつかむような話である。難病とはそういうものなのかもしれないが、今や多くの子供達が再発せず「治った」とされるのも事実。将来の予見は難しいが、今後も冷静に向き合っていくしかないのだろう。

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番外編: 急性リンパ性白血病(3) 強化療法

長男坊(4歳)の白血病治療は、寛解に達してからも強化療法と呼ばれる抗がん剤の多剤併用療法が約8か月続けられる。今(2009年6月)もその最中であるが、退院・自宅療養の割合が次第に多くなってくる。これまでは幸いなことに感染や重篤な副作用で治療が大きく遅れることなく、TCCSG/ALL標準リスク群の治療計画(プロトコール)に沿ってほぼスケジュール通りに進捗してきた。

2009年1月26日(月)から3週間

  • エンドキサン(シクロホスファミド): Day1のみ
  • キロサイド(シタラビン/Ara-C): Day1-5, Day8-12, Day15-19
  • ロイケリン(メルカプトプリン/6-MP): Day1-21の毎日1回内服
  • 髄注: Day1, 15

プレドニンを飲んでいたときとは打って変わって食欲が減退し、おかずに少し箸をつけるくらいで、おやつにも興味を示さなくなった。しかし寛解後の1週間ほどの一時退院で、身体だけでなく精神的にもすっかり元の調子に回復してきたため、以前に比べてだいぶ落ち着いた入院生活ができた。毎週末、外泊で家に帰れたのも大きい。最後の週は骨髄抑制でベッドにクリーンが付いたためその週末は外泊できず、好中球と血小板の回復を待って4週目の週末に外泊。5週目半ばの2月25日(水)に再び退院できた。この治療フェーズからはパパが毎朝早く病院に行くこともなくなり、10時過ぎにママが来るまで一人で過ごせるようになった。

2009年3月2日(月)から3週間

  • 髄注とメソトレキセート(MTX)大量療法 ― 3,000mg/㎡
  • 初日(1週目)は12時間点滴、2週目と3週目は24時間点滴
  • MTX投与から3日後に毒性を中和するロイコボリンを投与
  • 点滴開始前に髄注(Day1, 8, 15)

髄注してからMTXを大量に点滴するため、さすがにその日はぐったりしていたが、翌日にはかなり復活してきた。このフェーズの主目的は中枢神経予防相、つまり薬が到達しにくい中枢神経からの再発防止である。MTXは口内炎や粘膜障害などが起こりやすいとされ、同室のリンパ腫の子もMTXの副作用に苦しめられていたので心配だったが、長男坊には特にキツイ副作用は起こらなかった。相変わらず髪の毛もほとんど抜けず、主治医の先生も「ここまできたら今後も抜けないでしょう」と。今回も毎週末外泊でき、血液の状態が完全に正常化するのを確認して、3月31日(火)に退院した。

2009年4月1日(水)から2週間

  • ロイケリン(メルカプトプリン/6-MP): Day1-15の毎日1回内服
  • メソトレキセート(MTX): Day1, 8, 15に内服

維持療法と全く同じ内容。比較的弱い薬の内服だけなので、毎週木曜に外来で診察・血液検査するだけでずっと「退院」の状態だった。以前このブログにも書いたように、この期間中に湘南や箱根へお出かけできた。ブログには書いてないが、再入院前日の4月26日(日)、よみうりランドにも遊びに行った。

2009年4月23日(木)から2週間

  • プレドニン(プレドニゾロン): Day1-15の毎日3回内服
  • オンコビン(ビンクリスチン): Day1, 8, 15
  • ピノルビン(ピラルビシン): Day1, 8, 15
  • ロイナーゼ(L-アスパラギナーゼ): Day5, 8, 12, 15(皮下注射)

治療初日は外来の点滴で済み、入院したのはロイナーゼを注射する4月27日(月)。その翌日から次のロイナーゼ注射日まで2泊外泊し、ロイナーゼを打つ日はその影響をモニターする1泊入院、というサイクルを繰り返した。しかし最後に薬が入ったDay15の5月7日(木)あたりから骨髄抑制が出始め、5月11日(月)の血液検査で好中球が290/㎣まで下がっていたためベッドにクリーンが付いた。その後好中球は100/㎣程度まで下がるが、18日の血液検査で320/㎣に戻り、正常造血の復活の指標となる網状赤血球(Retic)や血小板の回復傾向が認められたので、ようやく外泊許可。それから2-3泊の入院と外泊を繰り返し、25日には好中球が800/㎣以上に増えていたためそのまま次の治療に入ることになった。

2009年5月25日(月)から2週間

  • エンドキサン(シクロホスファミド): Day1のみ
  • キロサイド(シタラビン/Ara-C): Day1-5, Day8-12
  • ロイケリン(メルカプトプリン/6-MP): Day1-14の毎日1回内服

最初の週末だけ外泊で家に帰れたが、後半から再び好中球が下がり、血小板も急激に減少したため、最後の週末は外泊できず。投薬が終わった次の週(6月8日~10日)は、好中球が500/㎣前後、血小板が5,000/㎣を下回る状態になったが、6月12日(金)には回復傾向が見られたので、「よく注意して」という条件でその週末の外泊を許された。そして日曜に成育に戻って、そのまま次の治療へ。この治療の前後には、12月から同じ病室で仲良くなった2人が次々退院していき、長らく固定メンバーだった長男坊の病室も入れ替わり始めた。

2009年6月16日(火)

  • 髄注とメソトレキセート(MTX)大量療法 ― 500mg/㎡の6時間点滴

前回の大量MTXに比べれば「中量」療法だが、髄注と同時なので相当こたえるらしく、普段は「何の病気?」と疑われるくらい元気な長男坊もこの日は起き上がれなかったようだ。6月19日(金)、MTXの血中濃度が下がったのを確認して退院。骨髄抑制で好中球はまだ500/㎣程度なため、感染リスクの高い外出はなるべく避けるよう注意される。しかしエネルギーが有り余っているので、次男坊と一緒にマンションの中庭で遊んだり、近所で自転車に乗ったりして屋外で発散した。

これからは治療強度が弱まり、入院よりも家にいるのが中心になる。カテーテルを抜いて通院・内服の維持療法に移行するまで、このまま順調に行ってあと4か月。もうしばらくの辛抱だ。

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