番外編: 急性リンパ性白血病(1) 緊急入院
長男坊の白血病(ALL)について記録に残しておこうと思う。
発端は昨年2008年の11月半ば、珍しく風邪が長引き、風邪が治っても顔色が悪いままで気分の起伏が激しい状態が続いた。そして口内炎。顔色は「黄色い」とも「青白い」とも見え、どうも変だなということで、11月28日(金)に再び近所の小児科医へ連れて行った。今度は貧血を疑い採血し、夕方血液検査の結果を聞きに医者へ行ったところ、「赤血球、血小板が異常に少ない重度の貧血で、頭をぶつけたり怪我すると大変。白血病などの可能性もあるので、すぐに大学病院に行くように」とのことで、動転するママはそのまま長男坊をタクシーに乗せ近くの大学病院へ。もう夜になっていたので、救急外来で取りあえず点滴と採血をして待機しているところへ、会社からパパも駆け付けた。
この大学病院での血液検査の結果は、白血球:5,940/㎣、ヘモグロビン:5.1g/dl、血小板:23,000/㎣。白血球は一見正常だが、そのうち30%はBlast(芽球)という通常は血管に出てこない血液細胞が見られ、白血病の可能性が非常に高いという説明を受けた。そしてそのまま緊急入院。しかしここには血液の専門医がいないため、明朝小児科の医師が来たら、血液科のある病院を探しましょうということになった。このとき長男坊は3歳10ヶ月。
翌29日(土)は、この大学病院の小児科医と転院先について相談し、やはり自宅から通いやすい所が良いだろうということで、小児専門病院の国立成育医療センターに連絡してもらい、週明けから成育に転院して本格的な検査と治療を受けることが決まった。成育の血液の先生からの指示で、取りあえずは輸血で貧血を抑え、感染防止のために個室に入って週末を過ごした。長男坊は輸血したら少し元気を取り戻した。
2008年12月1日(月)はパパも仕事を休み、長男坊とママを家の車に乗せて世田谷の成育医療センターへ転院した。まず外来で感染症のチェックをし、それから入院手続きをして病棟へ案内されたが、大部屋が空いてないためしばらくクリーンルームに入ることになってしまった。そしてすぐに骨髄穿刺(マルク)。ただでさえ声の大きい長男坊の大泣き絶叫が処置室から聞こえてくる。その後ようやくお昼ご飯だが、超機嫌悪い。午後はCTやいくつかの検査があり、夕方になって両親揃って主治医から詳しい説明を受ける。この時点での診断は、吸引した骨髄の95%以上は異常細胞(芽球)で占められ、形態観察とペルオキシターゼ反応(陰性)から急性リンパ性白血病の可能性が高い。しかし正確には、数日中に出る骨髄の細胞表面抗原解析の結果を見て治療計画を決める。またCTの画像をざっとレビューしたところ、中枢神経などに目立った病変は出ていない。といったようなことで、あとは染色体・遺伝子異常など予後に影響を与える因子や、リスク別治療の考え方、臨床試験・プロトコールのスケジュールについて説明があった。
3日(水)、今後の抗がん剤治療のための中心静脈カテーテルの埋め込み手術があり、腕の点滴が外れて少しは楽になった。4日(木)は再び両親揃って、治療計画について主治医から説明を受ける。まず、細胞表面抗原解析による診断として、急性リンパ性白血病(ALL)、B前駆細胞型(CD10・CD19陽性、T細胞・骨髄球・成熟B細胞陰性)。またCTの専門医による解析から脾臓と腎臓の腫大。
年齢(3歳)・診断時白血球数(約6,000)・免疫表現型(B前駆型)の因子から、現時点ではALLの標準リスク治療で始めることになる。ちなみに小児ALLの長期生存率は80%だが、まだ結果の出ていない予後不良因子(フィラデルフィア染色体・MLL遺伝子再構成・中枢神経病変・ステロイド治療反応性)が出なければ、標準(低)リスク群での治療により90%近い長期生存率を期待できる、と一応ほっと安心できる内容だった。そして翌12月5日(金)をDay1として、抗がん剤による化学療法がスタートすることが決まった。また、主治医からはALLの治療プロトコールとして、世界的に臨床試験の精度が認められているALL-BFM95(ドイツが中心)か、成育を始めとする関東圏の小児医療施設が参加するTCCSG(東京小児がん研究グループ)のどちらかを選ぶよう言われた。このときは文献などをじっくり読んで検討する余裕もなかったので、先生の説明をざっと聞いて何となく無難そうなTCCSGを選択した。後ほど理解が深まるにつれ、主治医の言っていた「BFMのスタディとしての精度」の意味がようやく分かったが、今さら変えようがないし、治療結果自体にはそれほど変わりなさそうだ。
化学療法開始前(12月4日)の末梢血は、白血球:2,770/㎣、ヘモグロビン:7.2g/dl、血小板:93,000/㎣。輸血でヘモグロビンと血小板を維持しており、顔色は以前ほど悪くない。しかし、訳も分からず病院を転々として家に帰れず、嫌なことばかりされて、やや繊細なところがある長男坊は欲求不満が爆発。ずっと泊まり込みのママはへとへとだし、一方で、ばぁばに面倒みてもらっている次男坊(当時2歳になって間もない)はママが恋しくてたまらない。そろそろママも長男坊を夜寝かしつけたら帰宅し、我が家の体制を立て直すことにして、最初の抗がん剤治療―寛解導入療法に臨んだ。
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